2020年6月26日、1本の動画が「哔哩哔哩」(ビリビリ、bilibili)にてアップされました。
番組名は「好久不见,武汉」(お久しぶりです、武漢)。
新型コロナウイルスが収束した今、発祥の地・武漢はどのような変化を迎え、住民はどのような生活を送っているのか。
リアルな現状に迫るドキュメンタリー番組です。
■動画(アイチーイー、iQIYI)
好久不见,武汉:日本纪录片导演武汉纪实
制作したのは7年前から南京に定住する日本人の竹内亮氏。
日本で暮らす中国人や、中国で暮らす外国人にスポットを当てた旅行番組「我住在这里的理由」(私がここに住む理由)を撮り続けて5年、今では中国全土に顔が知られるようになった監督です。
7月3日には、中国外交部のスポークスマン・赵立坚氏が公の場で「お久しぶりです、武漢」を絶賛しました。
このコメントは瞬く間にネット上で広がり、作品及び監督の知名度が更に高まりました。
7月28日現在、再生回数は4,000万回に迫る勢いで、メディアに引っ張りだこの竹内氏。
本記事では、中国で報道された竹内氏のインタビュー記事を独断で翻訳して紹介します。
偏見を打ち破った「お久しぶりです、武漢」
最初に電話をしたとき、竹内氏の第一声は「あなたは何処にいますか?新型コロナウイルスの状況はどうですか?」でした。
感染状況に対する関心、それが竹内氏が武漢でドキュメンタリーを撮影した所以です。
武漢に関する噂は絶えません。
ドキュメンタリー監督として自ら現場に足を運んで、武漢のリアルな現状を伝えることにしたのです。
刺猬公社:
武漢で撮影を行う前に、そこがどのような状況なのか把握していたのですか?
竹内亮:
全く知りませんでした。
インターネットではまだ危険であると囁かれる一方、もう安全になったとの意見もあり、実際のところ判断はできません。
個人的には問題ないと思いましたが、理解を示さない周囲の人は否定的でしたね。
刺猬公社:
番組の中で、一部のスタッフはあなたが武漢に行くことに反対していて、同行するカメラマンやディレクターも家族には黙っていたと述べています。
当時、みなさんの心境はいかがだったでしょうか?
竹内亮:
私とカメラマン、ディレクターは本当に武漢に行きたかったので、とても興奮していました。
制作者としての性・臭覚のようなものでしょうか。
高齢者と一緒に暮らすスタッフは、武漢からウイルスを持ち帰るリスクを心配していて、それが反対する理由です。
実際、私たちが戻ってきたら、ホテルで2週間隔離させる準備もしていたほどです。
彼らは撮影素材を見て、やっと安心しました。
私たちの記録はウソをつきませんから。
刺猬公社:
「微博」(ウェイボー、Weibo)で撮影協力を募集したのは4~5人。
でも、最終的には10人まで増えました。
何かアイディアが増えた結果なのでしょうか?
竹内亮:
100人いたら100通りのストーリーがあります。
10人でも相当悩みました。
基準となるのは、外国人が見たい主人公で、もちろん中国人も含まれます。
私たちが撮影する目的は武漢の現状を世界に伝えること。
なので、外国人にとって何が知りたいかが、とても重要なのです。
刺猬公社:
外国人が見たい・知りたいストーリーとは、どのように決めたのですか?
竹内亮:
まず明らかだったのは、新型コロナウイルスが発生する前までは、日本人は武漢について何も知らないということ。
地名を聞いたことすらなかったかもしれません。
そして日本人が今知っていることは4つだけ。
华南海鲜市场(華南海鮮市場)、雷神山(わずか14日で建設された病院)、患者、そして医療従業員です。
この4つに関わる人々は必ず主人公となりえます。
刺猬公社:
彼らは自主的に応募したのですか?
それとも、あなたのファン・フォロワーだったのでしょうか?
竹内亮:
基本的には一般応募ですが、ファンの親戚や知人という方もいます。
ここが最も重要な部分で、「お久しぶりです、武漢」が成功した最大の理由です。
各主人公とは1日もしくは半日しか接触していません。
それでもファンが私たちを信頼してくれているおかげで、滞在10日という短い期間の中でも、彼らが自身の想いを吐き出してくれたのです。
他の外国人監督やメディアなら難しいことでしょう。
刺猬公社:
撮影できなかった主人公もいるのですか?
竹内亮:
えっと……いますね。とても残念でした。
彼はPCR検査に係る従業員です。
武漢では全体で1,000万人を超える人々がPCR検査を行っていて、彼はその最前線にいました。
当時は家に帰ることもできず、感染のリスクも伴っていました。
私自身もPCR検査を受けたことがあり、大変な責務であることは知っています。
なので、本当に現場の紹介したかったのですが、彼が所属する会社から許可が下りず、取材を断念しました。
唯一、心残りになっていることですね。
刺猬公社:
「お久しぶりです、武漢」で10のストーリーを完結させるにあたり、計画を立てていたのでしょうか?
竹内亮:
台本は用意しておらず、計画もありません。
唯一決めていたのは、撮影の時間軸に沿って編集することだけでした。
そのため、1人目を誰にするのか悩みましたが、結局、華南海鮮市場からカメラを回し始めました。
新型コロナウイルスの起源となった場所なので。
私たちは撮影をしながら、どうストーリーを繋げていくかを常に意識し、次に誰を撮るかというのも、とても慎重に考慮していました。
刺猬公社:
撮影後、一番感じたことは何ですか?
竹内亮:
もう一度、武漢に行きたいと思ったことですね。
以前も何度か訪れたことはあるのですが、今回ほど感銘を受けたことはありません。
武漢という街、生活する市民、美味しい食事、全てに対して感慨深くなりました。
特に私は、武漢の「スピード」と「夜食」の文化を再認識しています。
名物フードの「热干面」(熱乾麺)にハマってしまい、南京に戻って2回も出前を注文して食べました。
本場の味では無かったですが。
刺猬公社:
なぜ今回は特別な感情を持ったのでしょうか?
竹内亮:
当然、新型コロナウイルスがあったからですね。
今は外から武漢を訪れる人はとても少ないです。
有名な観光スポット「黄鹤楼」には、私たちが行った時には旅行客は誰もいませんでした。
なので、武漢の人々の情熱が強かったのだと思います。
そして見える風景も同じです。
困難な状況を乗り越え、少しずつ正常な姿へと戻っていく。
自然だけが違いますね。
あなたが今、武漢を訪れるのなら、必ず私と同じ思いを抱くことでしょう。
「真実」を追求するドキュメンタリー監督
ノンフィクションがドキュメンタリーの特徴ですが、竹内氏によると、中国の場合は美感を追求するのに対して、日本はより真実に迫る傾向にあると言います。
刺猬公社:
日本料理店の店長へのインタビューの中で、彼は「潰れることなく、生活できればそれで良い」と語りました。
ここ数年間、あなたがドキュメンタリーを撮り続けていて、このような局面に遭遇したことはありましたか?
竹内亮:
確かに、ドキュメンタリーでお金を稼ぐことはできません。
「お久しぶりです、武漢」は完全に自費制作であり、投資してくれた人やスポンサーもいませんでした。
何千万人もの人たちが視聴してくれてはいるものの、収入には繋がらず、実際は赤字状態です。
刺猬公社:
だから会話の中で、あなたは「毎日どうお金を稼ぐか考えている」と発言したのですね?
竹内亮:
そうですね。私もスタッフを養わなければなりません。
しかし、今回のドキュメンタリーは私が記録として残したかったものです。
費用がかかるプロジェクトでしたが。
刺猬公社:
新型コロナウイルスが「事業計画(商売プラン)」に大きな影響を与えたのでしょうか?
竹内亮:
もちろん、あります。
元々あった多くのビジネスがキャンセルになりましたし。
でも、「南京抗疫现场」(南京抗疫現場)がヒットした後、新たな企画が続々と寄せられました。
現在もたくさんの企業から、私たちと一緒にマーケティング・広告ビジネスをしたいという話があります。
なので、今年の収入はまぁまぁです。
そこまで多くはありませんが、資金難で苦しむ会社が多い中、私たちはラッキーだと思います。
刺猬公社:
「お久しぶりです、武漢」を発表後、「あなたの人生は間もなくピークを迎えるでしょう」といったコメントを目にしました。
この作品と「南京抗疫現場」があなたに与えた影響について、どう感じますか?
竹内亮:
もし「南京抗疫現場」がなければ、「お久しぶりです、武漢」も生まれなかったでしょう。
例えば、ストーリーの主人公はスムーズに募集することができました。
影響力はかなり大切だと思います。
「南京抗疫現場」はシンプルなVlogである一方、「お久しぶりです、武漢」は完全なるドキュメンタリー。
内容の濃さ・密度は高くなります。
「南京抗疫現場」で評価が高まったのは、私の影響力です。
そして「お久しぶりです、武漢」では、私たちの「制作能力」が一目を置かれました。
だからオファーがたくさん増えているのだと思います。
刺猬公社:
現在、国内ではバラエティー番組のドキュメンタリー化の傾向が見られますが、あなたもそう感じますか?
竹内亮:
はい、まさにその通りです。
しかしながら、多くの番組はドキュメンタリーではありません。
ほとんどが事前に仕込まれた内容であり、表面上のドキュメンタリーに過ぎません。
私も面白いとは思いますが、本当に好きなのは真実のストーリー。
用意された美しいセリフは必要なく、本音に基づいて、実生活に近いものほど、リアリティが出てきます。
日本人もこういった作品を好んでいます。
刺猬公社:
日本と中国のドキュメンタリーについて、最も大きな違いは何だと思いますか?
竹内亮:
中国のドキュメンタリーは洗練されたシーンを追求しています。
一方、日本は真実に焦点を当てます。
これが決定的な違いでしょう。
ストーリーの美しさを追求すると、順序よく撮影しなければならず、真実を伝えることは難しくなります。
逆に真実を追求すれば、当然鮮やかなシーンは撮影できません。自分たちでコントロールできませんので。
私は一方を批判しているのではなく、また良い・悪いの話でもありません。
中国のドキュメンタリーは、画面のきめ細かな部分まで考慮されていて、とても素晴らしいと思っています。
例えば、中国の食文化を伝える「舌尖上的中国」といった番組、私はあのように綺麗に撮影できません。
贾樟柯氏が制作するドキュメンタリーも、私は好きです。
彼は映画はテンポや展開が遅く、見続けることはできません。
ですが、その感覚が私は好きなのです。
刺猬公社:
次はどのようなドキュメンタリーに挑む予定ですか?
竹内亮:
具体的な計画は無いのですが、「新型コロナウイルス後の時代」を題材に、日本社会の実情を撮影したいと思っています。
あとは長江ですね。
武漢を訪問した後にアイディアが生まれました。
10年前、NHKの番組(長江 天地大紀行)制作に携わっていた頃、中国で作品を撮ることを決断しました。
そして今の仕事は、当時長江で撮影した時に決心したことです。
人生のターニングポイントになりました。
刺猬公社:
その番組のテーマは何だったのですか?
長江を撮影したことが、どうしてターニングポイントになったのでしょうか?
竹内亮:
長江に住む人々の生活に焦点を当て、1本の河から中国全体の社会を紹介する番組でした。
青藏高原(チベット)から上海まで、長江沿岸の異なる生活を垣間見ることができます。
当時、中国で撮影している時に、多くの人から「あなたは日本人?」と声を掛けられました。
そして「山口百恵は最近どう?」「高倉健は元気かい?」と聞かれたのです。
インターネットが十分に発展していた2010年で、なぜみんな同じような質問をするのでしょうか。
彼らは現代の日本を全く知らなかったのです。
これには大きな衝撃を受けましたね。
なので、今の日本文化を中国人に伝えるべく、「私がここに住む理由」といった番組を作り始めたもです。
刺猬公社:
なぜ10年後の今、長江で撮影したいと思ったのですか?
竹内亮:
10年前は表面的な長江しか映しておらず、高い評価は頂いたものの、自分自身は満足していません。
それに自分の中国語も上手く話せず、長江・中国文化への理解も不足していました。
でも今ならもっと深く切り込める気がしますし、何といっても衝動的な好奇心ですね。
たぶん、多くの人たちも興味があると思います。
日本人監督と中国文化の衝突
竹内氏は「中国通」としても知られており、覚えたてのネット用語を駆使しながら、ウェイボーなどで交流を図っています。
先日、彼は自身のアカウントにて、一部の外国人の武漢に対する偏見は、日本の福島県を思い出させると呟きました。
多くの人々が福島県に抱く印象は、10年前の福島原発事故でしょう。
「私がここに住む理由」でも、竹内氏は福島県で暮らす住民の撮影を通じて、当時のリアルな状況を伝えていました。
ところが、この発言によってネットユーザーから強烈な批判を浴びます。
彼らは武漢で発生した新型コロナウイルスと、事故が起こった福島は比較すべき対象ではないと思っているのです。
刺猬公社:
武漢と福島を引用したことで大炎上しました。
彼らの声をどう受け止めたのですか?
竹内亮:
ネット上では自分に都合が良いように解釈する人がいます。
私はただ例を挙げたに過ぎませんでしたが、彼らは私が福島の件を洗い流すために行ったと思っています。
理解できないのであれば、受け流すだけです。
刺猬公社:
同じような状況でも、あなたは無視することができるのですか?
竹内亮:
はい、そのような人たちはどこの国にもいます。
もちろん、日本にも。
「お久しぶりです、武漢」は日本でも視聴できますが、悪意のあるコメントは少なくありません。
例えば、竹内亮は中国政府からお金をもらって、宣伝しているのだけだ、といった内容です。
全くのデタラメですが。
インターネット番組を制作してもう5年、すっかり慣れました。
相手にすれば余計面倒になるので、放っておくのが一番ですよ。
刺猬公社:
そんな態度も日本の文化なのでしょうか?
竹内亮:
違いますよ。
私個人の性格です。
時間を無駄にしたくありませんので。
中国と日本の文化の差ということであれば、日本人の方がネットの評価を気にする傾向があります。
なぜなら、日本人は自分がどう見られているか、周りの目を非常に気にする民族ですから。
刺猬公社:
中国と日本の歴史観も特殊なものです。
南京も特別な場所ですが、そこで住むあなたは、実際の生活で理不尽な対応をされたことはありますか?
竹内亮:
いいえ、一度もありません。
南京人はとても友好的で、包容力があります。
これはお世辞・建前でなく、本音ですよ。
刺猬公社:
南京についてはどう思われますか?
竹内亮:
こんなに長く生活しているので、同僚や友人、子どもの友達もみんな南京にいます。
愛着がある街で、すっかり慣れました。
今は私も顔が知られていて、どこに行っても一目でバレてしまいます。
最近、一番感動したことは6月に参加したイベントで「金陵友谊奖」を受賞したことです。
本当に嬉しくて、ようやく南京の人たちに認められたのだと感じました。
刺猬公社:
この間、外国のインフルエンサーが「愛中国」というショートムービーを通じて人気を集めていると、メディアが伝えました。
あなたも同じようなことを指摘されたことはありますか?
竹内亮:
中国の絶賛するために何か言ったことはないです。
なので、これらの情報に惑わされることもありません。
私はドキュメンタリー監督です。
客観的な目が必要で、やみくもに中国を称えることはしません。
中国にも良くないところはあるでしょう。
刺猬公社:
今年に入り、ライブ配信の傾向が強まっています。
あなたも最近、ウェイボーで生放送での商品販売を開始されました。
順調ですか?
竹内亮:
普通ですね。
クリック数は多いですが、購入者は少ないです。
きっと私が口下手だからでしょう(笑)。
どうして売上が伸びないか分かりません。
商品あるいは私自身の魅力が足らないからでしょうか?
刺猬公社:
この分野に参入したきっかけは何ですか?
竹内亮:
理由は単純、会社ではお金が必要で、私たちも影響力が出てきましたから。
何よりも面白かったからです。
ネット上でユーザーと直接コミュニケーションが取れるライブ配信は大好きですね。
正直、商品紹介は余り興味はありません。
刺猬公社:
ライブ配信が流行っている昨今、ドキュメンタリーに対する情熱を持ち続けるのは難しいと思いますか?
竹内亮:
ライブは愉しむためのもので、ドキュメンタリーは創作作品です。
私にとっては別物なのです。
シンプルな考えですが、様々な人たちの人生を体験することができるドキュメンタリーは面白いと思います。
なので、情熱が衰えることはありません。
※本記事は下記サイトを元に構成・翻訳しています。
■参考サイト(中国語)
日本导演竹内亮:我拍《好久不见,武汉》的理由
「多くのシーンが感動的で深く、中日両国の観衆の心を動かす作品です」