2020年7月、日本の国民、いや中国国民も待ちわびていた「半沢直樹」の放送が始まりました。
これに相乗するように、中国では同じく堺雅人さんが演じる「リーガル・ハイ」に再び注目が集まっています。
両ドラマは中国での反応が非常に良く、日本通でない中国人も知っている作品。
主人公の「半沢直樹」と「古美門研介」の比較も見られました。
半沢直樹:卑劣な上司や腐敗した職場に抵抗し、臆することなく不正に立ち向かう銀行員
古美門研介:偏屈で最悪の性格の持ち主で、利益のみを追及する無敗の弁護士
この2人は日本人の一般的なイメージとは大きくかけ離れています。
コメディ要素を織り交ぜたストーリーも相まって、これが中国で人気を博した理由の一つでしょう。
さらに深追いしていくと、別の観点からもヒントが見えてきます。
・どのようにキャリアを形成し、お金を稼いでいくのか。
中国人も同じように悩み、この答えをドラマに求めているように思えます。
本記事では中国で「半沢直樹」「リーガル・ハイ」が支持される理由や、中国人が抱く日本人に対する疑問についてメモっていきます。
疑問①:なぜ日本人は転職しない?
「半沢直樹」の中で大和田常務が放った印象的な言葉。
衝撃的でした。
理不尽な上司を持つ社員の心に痛く突き刺さる台詞ですね。
賛否はともかく、組織社会の実態に気づかせてくれました。
もし上司から不当な待遇や要求をされたら、どうすれば良いのでしょうか。
中国企業でも同様の現実がありますが、解決方法は以下の3つに絞られます。
② 我慢する
③ 組織と戦う
中国人ならダントツで①。
自ら環境を変えることを選びます。
一方、ドラマの中では、もしくは日本社会においては②が最も多いでしょう。
忠実に業務をこなして会社に身を捧げる。
まさに日本人らしい生き方です。
むしろ「半沢直樹」のように③の行動を起こす人は稀。
そして①転職する人も殆どいません。
なぜ日本人は転職に消極的なのでしょうか。
一つの大きな要因は未だに残る終身雇用制度と年功序列。
1つの会社に長く勤めることを美学としているからです。
よって「転職」自体を考えたことがないサラリーマンも少なくありません。
例えば、銀行員。
何事もなく50歳まで勤め上げれば、引退後も相応の生活が約束されます(それまで十分の貯えがあります)。
また厚生年金や退職金も手厚く、途中で転職しようとする気は起きないでしょう。
その反面、リストラの対象・失業ともなれば人生のドン底に突き落とされたも同然。
生きることを放棄する人さえ出てきます。
不安のない老後生活を送るために、日本の多くのサラリーマンは「社畜」となり、上司から搾取し続けられても、必死に耐える道を選ぶのです。
中国の若者にとっては、②も③も現実的にはあり得ません。
さっさと次の会社へ移っていきます。
いつの日か一部の大企業が市場を独占して、中小企業が覚束なくなったとき、中国も「半沢直樹」化することでしょう。
もちろん圧力や抵抗に対して、黙っていない日本人がいることは確か。
「半沢直樹」で見る日本の「下克上」も日本文化の一つとなっています。
疑問②:なぜ日本人は下克上を羨ましがる?
日本や中国に限らず、権力闘争というものは何処にでも存在します。
社内政治が絡んだ組織の対立ですね。
が、得てして上司や派閥争いを巧みに利用し、自分がトップに上がる強者も出現します。
「半沢直樹」でお決まりのフォーマットでしょう。
「下克上」とは元々、日本の戦国時代に見られていた社会風潮で、
・上下関係を逆転させ、権力を奪取すること。
視聴者の心を掴んだドラマには必ずと言ってよいほど設定されるシーンであり、日本作品の典型的なスタイルともなっていますね。
しかし「半沢直樹」では、少し意味合いが違ってきます。
どちらかと言うと、周到に準備をしつつも感情的に「やり返す」ことの方が合っていると思います。
銀行は、経営が好調な時には快く融資してくれる一方、状況が悪化して本当に資金が必要な時には、逆に今までの貸付金を回収しようとする、の例えですね。
こちらも大きな反響がありました。
要所に飛び出す「金言」も中国人を「半沢直樹」に夢中にさせる所以でしょう。
幼少期に辛酸を舐めた半沢直樹は、亡き父の復讐を果たすために銀行へ就職し、その機会を虎視眈々と伺います。
彼の「やり返す」手法としては、自分の力に頼るわけでも、道徳心に従うわけでもありません。
狙うは唯一の権力を握る頭取を味方につけること。
銀行トップの前で不正を暴き、真実を見せつけることで、派閥の垣根を超えた「下克上」を図ろうとしました。
取締役会議の場で繰り広げられる逆転劇。
魅了されないはずはないでしょう。
ところで、ここで気になる点が浮かび上がってきます。
疑問①で挙げた「組織に従うこと」と「下克上」に憧れる日本の文化。
一見すると矛盾しているようにも思えます。
本音と建て前の間に見え隠れする、日本社会の本質かもしれません。
どんなサラリーマンでも、一度は出世を目指したはず。
上を目指す野心も少なからずあったことでしょう。
しかし時が経つにつれて、会社のためではなく、顧客のための仕事。
ではなく、結局は自分のための仕事になっていきます。
「半沢直樹」でも最終的には自己の理想に近づくために、「やり返す」ことを続けているように思えました。
よって、この点においては、もう一人の主人公と重なる部分があります。
「リーガル・ハイ」で堺雅人さんが演じる、性格が全く異なった古美門研介。
演技力もさることながら、「やり返す」ための言動と策略にインパクトを受けました。
「半沢直樹」が世に出る前では、「リーガル・ハイ」が中国で最も受け入れられたドラマと言っても良いでしょう。
次の項目では中国人が古美門研介から得た、日本人の本性について深堀していきます。
疑問③:勝つためには手段を選ばない?
「リーガル・ハイ」の毒舌弁護士・古美門研介は、日本人の謙虚さとは真逆のイメージです。
唯一似通っている点と言えば、職業スピリッツでしょうか。
第1シーズンで、女性弁護士は依頼人が真犯人なのではと疑ったとき、彼が発した台詞。
完璧なプロフェッショナルの答えです。
「推定無罪」の原則の下、証拠が全て。
例え法を犯していたとしても、検察側が立証できなければ裁きは受けません。
仮に釈放されたのが本当の犯人だったとしても、責任の所在は検察にあります。
弁護士としてすべきは「正義の追及」ではなく、「依頼人の利益を守ること」。
如何なる手を使ってでも、勝訴を勝ち取ることこそが弁護士の務め。
「リーガル・ハイ」では、プロ職業としての本質が見えた気がします。
日本には一つの技術や職業を極める「職人文化」が存在します。
これは生計のためだけではなく、自分への挑戦。
誰も到達していない場所へ挑み続けるスタイルです。
古美門研介はしばしば、自分がしていることが正しいかどうかは気にしません。
同じ立場の相手よりも、自身が上手かどうか、のみに拘ります。
一種の「職人」質を備えていると言えますが、奇妙な言動からは日本人っぽく映りません。
しかし、1人の弁護士として次のことを自問する必要があります。
自分の依頼人は、殺人犯なのかどうか。
単なる法的な事実のみで判断するのではなく、正義を追及する姿勢こそが超越した「職人」と呼べると思います。
もし半沢直樹なら、どう結論付けるでしょうか。
第2期の4話で部下に伝えた信念。
一つ、組織の常識と世間の常識が一致していること
一つ、ひたむきで誠実に働いた者が、きちんと評価されること
これがプロフェッショナルの真理でしょう。
残念ながら、古美門研介の思想とは相当の開きがあります。
それでも、自分の使命を果たす(=依頼人を守る)こそが全て、という考えも真のプロフェッショナルかもしれません。
半沢直樹は組織・上司を、古美門研介は検察を「あらゆる手段」を用いてねじ伏せてきました。
賛否はともかく、視聴者に爽快感を与えたのは事実です。
この世の中では、「半沢直樹」や「リーガル・ハイ」と同じ状況が起こることがあるかもしれません。
(もしくは、既に起きたのかも)
私たちの身に降りかかったとき、本当に何を追求すべきなのか、知ることになるでしょう。
※本記事は下記サイトを元に構成・翻訳しています。
■参考サイト(中国語)
半泽直树和古美门,哪一种职场三观你更认同